2012年05月07日

2012年03月30日

sakura project 人生レベルの2ヶ月間

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がんばりつづければ、なんとかなる  !
posted by seijun at 03:07| unforgettable flower,  いつまでも

2012年03月10日

日本桜への想い




 まずは拝見あれ ↓

http://www.lumine.ne.jp/yurakucho/sakura/







去年夏、ハンティングワールドさんの取材がきっかけで纏パブリッシングさんと知り合った。   そのときハンティングワールドさんのやっているボルネオの森林保護活動におれが興味を持ったり、また、そのときの撮影で背負ったBATTUEという鞄をめちゃ気に入ってしまって、いまはどこに行くのもずっと使わせてもらってるんやけど、

 そんな纏パブリッシングさんとのご縁から、有楽町ルミネさん、JR東日本さんが一緒になって企画し、いまそのプロジェクトを遂行しています。
 
そうそう、ここ最近、日本全国を旅して桜の枝とその提供者さんからのメッセージを集めていたのはこのプロジェクトのため。

今月の22日〜25日、47都道府県から集めた桜が東京・有楽町ルミネに一同に集まり満開になります。

見上げるような、大きな”日本桜”が咲いている四日間、その下でyahooさんの復興デパートメントがひらかれる。 22日のオープニング(午後12時半)は、箭内道彦さんとおれの対談。
みな、ぜひ来てほしい。





日本は南北に長い。 

最近それをつくづく感じています。

来るべき3月22〜25日に、ちゃんとすべての桜が満開になるように、遅く咲く桜は早く咲くように(でも早く咲き過ぎないように)早く咲きすぎる桜は遅く咲くように(でも遅すぎないように)、毎日花芽をチェックしてしかるべき場所に保管しています。


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日本中から集めた大量の桜を受け止める強固な植木鉢もそろそろできてきた。逆さづりになってるし、このスケール感はなかなか写真では伝わらないと思うけど。 来場してくれたら、この植木鉢にメッセージを書いてもらえるようになっています。




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”毎年春になるとみんなこの桜の下に集まって花見をして宴会をしてきた。去年は震災があって、花見をするかどうか迷ったけど、結局みんなで集まって花見をした。  きっかけは不純だっていい、大切なのは人が集うこと。いいことも悪いことも、誰かと話しができるのは生きているからこそ。ぜひこの桜の枝を持ち帰って、咲かせてたくさんの人に見せてあげてほしい”

このプロジェクトのために日本各地を旅して桜の枝を集めているときに宮城県気仙沼市で出会った和尚さんの言葉です。震災後の人々の避難所になったお寺で聞いた、衝撃を覚えた言葉でした。

 
人が集うことでエネルギーが生まれて、なにかを共有できたり、お金が動いたり、そこからなにかが始まったり。 考えてみれば、 震災後のこの1年間は、様々なジャンルで活動する方々がそれぞれの方法で支援活動をしてきたのを見てきたように思う。  そういった心ある方々が被災者のためにがんばっている姿をみて、”花や木を扱っている自分にできることはなんだろうか”と日々考えていた。     しかしそんな答えを和尚さんはそっと教えてくれたような気がしています。



人が集う理由に、花を見にいこう、ましてや一足早く日本47都道府県すべての桜が一斉に咲いているのを見に行こう、というシンプルさと、そんな桜の木の下で開かれる、復興デパートメント。  


おれにとって花や植物はメッセージ。
 
 音楽も、写真も、 花も、すべては同じ。結局はメッセージやと思うねん
    


桜は、僕たちが望もうとも望まなくても、この国では季節が巡れば花を咲かす。花は植物にとって子孫をのこすための生理現象だからです。

でも、箭内道彦さんの言うとおり、今年は僕たちのために咲いてくれているのだと思ってみませんか。
 
 花は実を成らすための現象ということから、古来から日本では、花は結果ではなく何かが始まる前兆の象徴とされてきた。
  僕たちが今年の桜の花を見上げると、”さあまた前へ歩み始めよう なにかがはじまるよ”と花がそっと教えてくれるようなイメージです。

  日本各地から集まり、東京にいち早く春を告げる大きな日本桜に、一人でも多くのひとが会いにきてほしいと心から願っています。 ではまたルミネで







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posted by seijun at 19:20| unforgettable flower,  いつまでも

2011年09月19日

思うところ

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盛岡市内で行われた 希望の花いわてさんが呼びかけたのフォーラムです。   
 http://www.kibounohana311.org/

 代表の吉川さんからの依頼で、ボランティアとして講演を行ってきました。 


とにかく 植物にできること、植物のプロにしかできないこと、そのパワーと可能性について話すだけです。 

 ところで今回のステージ上にはアットホームなアレンジが置いてあって、おもわず講演の最初に”うれしいです”と言うと、そのアレンジに主に使われている りんどうが、岩手県ではさかんに生産されている産地と教えてもらった。 

 おれが愛してやまない地元・川西市の 市の花も りんどうで、 おもわず親近感が湧き、講演にもチカラが入りました。 

 実は最近は講演の依頼も多いけど、一日講演が入ると、汗のかく量が減ってしまうことに少し悩んでいた。 ほら、おれはプロのしゃべり屋さんではないから。
  もちろん日々 注文だいいちの毎日を過ごしているが、  今回 岩手県にいって、あったかい人たちに迎えていれてもらってちゃんと話を聞いてもらったりすると、 若いうちはだれかが必要としてくれているなら、内容に賛同できる話ならタイミングがあえば 、できる範囲でがんばって時間を作って講演の依頼応えていく生き方もアリかもと思いました。 
 

 翌日は、陸前高田へ、被災地で次々に花畑を作っている吉田正子さんの、”花畑プロジェクト”を訪ねていきました。 
 
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吉田正子さんもまた被災者やけど、津波がすべてを流してしまったその自分の土地の跡地に、花畑をつくって、

なんというか、心に響く花畑でした。



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花畑には 支援物資で送られてきたであろう石鹸箱の蓋の裏に書かれた吉田さんからのお手紙がありました。


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もう、ひまわりは終わりそうやったけど、

”花畑ってこんなにきれいやったっけ” と思えるくらいやった。



おれは死ぬほど植物が好きやけど、

 30歳になって、ようやく 本当の意味での花畑のよさがわかったような気がした。



一方で、むこうには悪魔のような津波の爪あとが残り、いまは重機が撤去作業に追われてる。
 なんか本当に物事はシンプルではない。 



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今回で4度目の被災地訪問は、 銀閣寺花方の珠寶先生と行った。 今年もパリと香港が、来年も中近東など様々な国で 平和のための活動で海外を回る予定があり、今後もずっと世界中を回って花を活け続けると思う。

 たぶん世界中の人が東日本を心配してるだろうし、聞かれるだろう。 彼女の花はたくさんの人を幸せにし、大切なものを伝えてきたが、 この被災地での経験もまた、たくさんの人になにかを伝えるものになると思った。
 
チャラい意味でだれもかれもが被災地へ興味本位で行くのもどうかと思っているが、実際に被災地へ赴きそこで目で見た光景や経験したことが未来へ役立つ人は行ってみてほしいと思う。

     ちなみにおれも先生も阪神淡路大震災を経験した。 



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そんななかでずっと会いたかった木にとうとう会いにいった。  

そう、一本松。 


あれほどの津波にも流されなかった、 日本の根性魂を象徴するような見事な松。 




マダガスカル南部でサイザル畑に一本立っている、まるでフランス人開拓者の権力に立ち向かうように立っているバオバブをみたとき以上の衝撃やったような。
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その松が生きているのかどうか知らなかったが、塩水により立ち枯れしているのをみてすごく無念。

塩水をぬく手当てなどがなされていたが、その処置方法も、方法は悪くないけど、その木の大きさから推測される根の大きさを考えると少し見当違いの処置方法とわかったが、それでもだれかが必死で生かそうとしていたのだな、と思うとうれしい気分になりました。 
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いずれにせよ、海に近いところやったので枯れる運命やったのかもしれない。 しかしそれなら、その立ち枯れしている松が、倒れてしまわないように保存すべきやと思っている。

 いろんな意味で、あれだけのものは世界を見渡してもそんなにない。 
 あれが折れたら心も折れる。枯れたままでもいいから、津波に負けなかった東北の人たちのシンボルとしてこの先もずっと立っていてほしい。

 松というのは枯れると、古い幹や枝の芯の部分は強いが、芯がない枝先などは枯れると割とはやく腐って落ちる。




 多少の金が要るが、原型を留めながら保存する方法もある。まあだれかか、行政がすでになにか考えてるかもしれないけど。。。  ちゃんとした方法で。。。 そう願う。


生かすことはできなかっても、でも、活かすことはできる。


とにかく正直に言うと、

この国でだれよりも大きな木を扱った自分なのに、 植物に対してだれにも負けない度胸とそれなりの知識があるのに、すげえいいアイデアもあるのに、

 目の前にある、世界遺産ような重みがあるその木を いまの自分が救えないなんて、

 あの一本松をみて正直、

”おれってなんでこんなに小さいのだろう” って。


 情けなくって。

posted by seijun at 23:38| unforgettable flower,  いつまでも

2011年09月17日

陸前高田ニテ

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また、ゆっくり話ます
posted by seijun at 22:21| unforgettable flower,  いつまでも

2011年08月29日

2011年08月16日

不撓不屈、南相馬市復興ひまわり大作戦



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撮影・桜野良充



このプロジェクトの発起人、地元農家の八津尾初夫さんが手にしているのは奥さんです。



http://midorinet-minamisoma.jp/

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/08/20110811t63024.htm


来る27日、福島県南相馬市で種を撒いたひまわりとともにイベントがあります。ぜひよろしく


posted by seijun at 08:55| unforgettable flower,  いつまでも

2011年06月25日

花のチカラ


http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110619t65004.htm

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20110618-OYT8T00823.htm



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震災からちょうど百日後の六月十八日、 福島県南相馬市の農家二十人と、二百数十人のボランティアの方が結集し、復興のシンボルとしてひまわりの種を7ヘクタールの畑に撒いた。

”復興ひまわり大作戦”と名付けられたこのプロジェクトは、発起人である八津尾初夫さんを中心に津波で深刻な被害を受けた方々みずから立ち上がり元気をなくしたお互いをはげまそうと始まったものだ。



おれは個人的に100万個のひまわりの種を寄付した。 以前から花と緑を用いた支援活動の情報交換をしているオープンガーデンみやぎの鎌田さんがおれの名前で寄付した40万個の種など、結局このイベントには最終的に200万個くらい全国から種が集まった。なかには10粒からメッセージを添えて送ってきてくれたひともいる。 本当に心温まる話やった。 同じ国民がたちがろうと思っているときに、これだけの種が全国から寄せられて、この国の花心も捨てたもんじゃないなぁと思った。




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このイベントの発起人、八津尾初夫さんという農家さん。


彼は津波ですべてを失ったひとだ。 

これ以上は書けないくらいつらい話だけど、彼は ”おれはもう吹っ切れた。 なんとか元気のでるようなことをせんと。。。” と言っていた。

ひまわりが放射能を吸収する植物だとか、塩害を受けた土壌によいとか、 いろいろな情報が飛び交っていて、おれもずいぶんいろんな方に相談したり自分なりに調べていたが、そうじゃなくて、傷ついたひとが自ら、”元気がでるような花を”と言って団結してひまわりを植える、これ以上のことはないと思った。 

 いままではそれが本当に効くのかどうかとか、もしかしたら菜の花のほうがよいのでは、とか産業用ヘンプがよいだとか、実はスイレンがベストとか。   例えばそれらを植えたら、その後どう処理するのかとか。 またはそれらを植えるために畑をトラクターで鋤きこむ と土壌の表面にある放射能がより地中に拡散するのではないかとか。 チェルノブイリでひまわりが植えられているのは放射能汚染された土壌にいいからではなくもともとひまわりの産地だったからだとか。 

いままでたくさん考えたけれど、最終的には被災者地震が、

”なんとか元気のでるようなことを”
と植えたひまわりほど価値のあるものはないなぁと思った。




実はあれ以来、おれにも被災者の方や、東北の方、このブログを見てくれている方々、いくつかの企業から”花や緑を使った支援活動ができないのか””植物の力で被災地を勇気付けてほしい””花や苗を届けであげたい” ”こんなことをすれば被災者が喜ぶのでは?” というメールや相談や依頼が寄せられている

先日の大阪でのトークショーでも、一昨日の沖縄での農業組合での講演でもつい、自分の思いのあまり震災の話が長くなってしまったが本当によく耳を傾けてくれたと思う。仲良くしている園芸の先生が言ってたけど、”そうやってひとの痛みがわかっているうちは人間としてOKな証拠だから!” という言葉を思い出す。  本当にそうですよね。




震災直後の段階では 花や植物でできることを思い描くところからはじまって、
いままで、ほぼ毎日と言っていいくらいだれかと何度となくいろいろ話し合い、ひとりひとりの思いやアイデアや要望をすこしづつ知ってきた。

 実際被災地から訪ねてこられた人たちの話や 石巻、気仙沼の避難所や仮設住宅のリーダーさんたちの話、地元の自治体の方の話、東北でいち早く花と緑を用いた支援活動をしている人の話。   また、おれが慕っている学者さんの話、花や緑を使って支援活動をしたいと考える企業の方の話、いち国民としての友達の話、いろいろな話をこの耳で聞いた。





 日を追うごとにわかってきたこともある。  








毎週被災地へ赴いている写真家から聞いた話。 

”とある避難所にいくと、ひとりの国会議員から花苗が入った大量のダンボール箱が送られていた。でもそのとき避難所の人たちはそれを目の前にして呆然として、世話をしてあげたいけど、自分の飲む水を確保しなければならない状況ではとても花苗を世話する状況ではなかった” 

 重要なポイントは、花や木というのは本当に必要なひとに必要なタイミングで持っていってあげるのが一番重要なんだということ。被災しなかった側が受け入れ相手の情報を把握しないで、よかれと思ってする行動に迷惑をかけたりすることもある。



植物も物事もすごく似ていて、
 たとえばここに、根っこが傷ついて弱っている植物があったとして、

 元気にしてあげようと傷ついた根っこに急に肥料をやるとかえって余計に痛むように、 だれかが本当に傷ついているときに急に慰めの花を持ってっても逆効果になりうる場合がある。 

でも、傷ついた根っこはやがて自分で自然に再生し始める。このタイミングを見計らって肥料をやるとその植木はグンと元気になるように、物事もきちんとタイミングを見計らってやるべきことをやるべきタイミングですれば効果は絶大になる。


つまり震災復興も無理せずひとが自然に上を向いて歩み始めたときに、ちゃんとタイミングを見計らってすべきことをすればグンと元気を取り戻すと思う。





 このタイミングでいち早く ”なにかやりましょう”的な発想で支援活動したくないと自分は思うし、

 行われている活動のなかには偽善的なものやチャラいなぁと思うものある気がするのもあるのは否めない。

たとえばアーティストが ただ短絡的に”震災に影響を受けてこんなん作ってみました” みたいに作品を作ったりしたところで芸術的価値があがるわけでもないし、本当に意味で人気を集めれるわけでもないと思う。 そういう連中に限って物事がホットなうちになにかやって、時間がたてばすぐに引いていくだろうと思う。   

震災後、たくさんのひとがボランティアで被災地に向かい、手に余る状況だったという。 震災から3ヶ月、いまはそのなかの大方のひとがざーっと引いてしまって、足りなくっていると聞いた。


 
本当に長い目で支援活動をみていかねばならないってことがわかっている。 
焦って今年来年なにかしよう、いまなにかしなければ、っていう発想よりも10年20年、もっと長いスパンで見なければならない発想も重要やと思う。 


 おれがそう気づけたたのもきっかけがあって、とある企業から、 ”@千万円分の義捐金を用意しているが、単純にお金を送るのではなく、その代わりにその資金で木の苗を集めて、来春に被災地の公共の場などに寄付したい”、という内容のプロジェクトの依頼を受けたときだった。

 この企業からの相談がきっかけで、自分自身、被災地に木を植えるってことを真剣に考えた。
そしたら本当に被災した地域に木が植えれるのは、街づくりの計画がちゃんとできあがり、道ができ、本当に意味で復興したときに初めて植えれるもんだと気づいた。だって木は一度植えたら何十年も何百年もそこにいなくてはならないやん。  ということは何十年も先のビジョンがないと木は植えられない、ということに気がつくことができた。 だから一過性の支援活動もいいけど、本当に支援活動します!と声をあげるなら何十年先のことも考えないと、という発想が出来た。



ちいさな植物の卸屋を田舎で営んでいる人間に、なかなかできることも少ない。けど、あれ以来、自分自身の心のあり方など本当にいろんなことを考えるようになった。 震災後3ヶ月たち、ようやくあのときの重松さんの言葉の意味がわかるようになった気がする 
http://www.mbs.jp/jounetsu/column/

  
 初めて被災地を訪れたとき、石巻の町をみて愕然とした。

あまりにもすごすぎて正直”自分じゃなくてよかった”と思ってしまったほどだ。

あのときの自分の気持ちを恥ずかしいと思えるようになったからこれからは できるかぎりのことをやっていこうと思います。





先日の南相馬市のひまわりプロジェクトは、 大々的な開会式のもとに始まった。
プログラムの中に ご挨拶させていただく予定が組み込まれていたが、ついに開会式には間に合わなず(予定を変更して海外から直接駆けつけたんやけど)

開会式と種まきの様子を集まった報道陣は撮るだけ撮って一斉に帰った後に、

このイベントに参加した農家さんとボランティアさんたちと閉会式を行った。このときに話させていただいた内容を 声を大にして言いたいのでここにも少し書いときます。


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 ”みなさん、今日はおつかれさまでした。 僕自身、みなさんと一緒に種まきをできてすごく光栄に思っています。 やがて花が咲くのを見にくるのがたのしみです。
 今日こうやって、ひまわりを植えたのは、本当に大正解だったと思っています。 
  僕自身も阪神大震災のとき被災しました。古かったおばあちゃんの家は全壊し、温室のガラスも全部割れました。 当時僕が通っていた中学校のまえには仮設住宅が卒業するまで建っていたのを覚えていますが、今回の東日本大震災のあと、花や緑を用いた支援活動をするための調査を進めているうえで、とある学者さんに、阪神淡路大震災のときの仮設住宅の花壇に植えられた花はみな黄色い花だったという情報を聞きました。 黄色い花というのはきっと心理的にひとを元気にさせるチカラがあるのだと思います。 本当につらい思いをしたと思いますが、こうやって立ち上がったみなさんを本当に誇りに思うし、勇気を出して立ち上がった八津尾さんを誇りに思うし、ここにこれだけの種が全国から集まったことにも同じ日本人として誇りに思います。

いま、 花や植物の力を用いてなにかできないか、という声が、僕の元にも企業や個人からたくさん寄せられています。    花にしかできないなにか不思議なチカラを信じているひとがおおいのだなぁと日々感じています。  そういった声や思いを、すこしでもみなさんに届けれるよう 心ある仲間と花や緑を用いた支援活動を専門にサポートするNPOを立ち上げることを決心しました。  微力ですが、自分たちにできることをしぶとくやっていきたいと思いますのでこれからもよろしくおねがいします  また、花が咲いたころに会えるのをたのしみにしています ”

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もっといろいろ話したかったんやったんやけど、 話しているうちに涙する被災者の方をみておれももらい泣きしそうになったので、長々話をするのをやめて、壇上をおり、 さっさと空港へむかいました。






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posted by seijun at 00:38| unforgettable flower,  いつまでも

2011年05月15日




 生きたヤギをそのまま逆さづりにし、首を切る。 

そのとき、包丁で首を切ろうとすると筋肉に当たって血管が切れないから、まず首の根っこに手をあてて血管の場所を確認しその場所でナイフをぷちゅっと刺してグイッと横に切れば血が下へ、ドサーと流れ出てくる。 その血を誰かが桶で受ける。 そうやって血を完全に抜いたら肉を捌きはじめる。

 
”切った首をまな板において上からナタで一撃で真っ二つに割り、なかにある脳みそをスプーンで食うとこれがまたうまい。”

沖縄のおっちゃんたちがあたりまえに教えてくれる。 俺たちなんか、そんな話聞くと、すげえ!ってびびってしまうよなぁ。

肉はよく食べるけど捌いたりすること自体は非日常で、そういうことを自然にやってきた沖縄のおっちゃんたちの男子力にちょっとびびったぜ。


ヤギの肉のにおいで充満した飲み会場となった農協の出荷場は、野球部のころの更衣室のにおいがした。(練習後のほう) 
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 みな、ヤギは癖があるけど元気がでるから食べてね、と薦めてくれた。しかし中井さんもさすがになかなか箸が進まなかったらしい。    まあおれは気がついたらおかわりしてたんやけど。。。


これはヤギの金玉を刺身で食う話を聞かされてぶっとんだときの中井さんのようす

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沖縄というと、普天間基地の問題などで、おれたちから見たらなんとなく申し訳ない、という気持ちがあるやん。 あそこに基地があって滑走路が中国に向いているからこそ、本土のおれたちが安心して暮らせてるし、アジアの平和が保たれているらしい。 いわば沖縄のひとの生活が犠牲になったうえでの自分の生活という概念がないわけでもない。

ところが沖縄の農家さんたちと飲んでいると、あっけらかんとしていて明るい。彼らが若かったころ、米軍の基地の忍び込んでお菓子やエロ本をパクッたりしていた話など、武勇伝を聞いているとほんまに愉快。 沖縄のひとの生命力に圧倒されるねん。


沖縄では観葉植物農家などを回ってると、たまにハウスの片隅にヤギ小屋を見かける。 雑食のヤギは観葉植物も食うから 剪定したドラセナの葉っぱなどをえさに、育てる。

で、お祝い事になるとその育てたヤギを誰かが差し出してみなで捌いて食うねんて。

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沖縄でのあっという間の時間がすぎ、みなといい話ができてがっちり握手で締めくくったあと、
大阪へとび、そのままイーマで行われるeatripという映画の上映会へ。 



  友達の野村友里さんの監督を務めた作品で、 前々からみたかったので、うちのスタッフ全員と待ち合わせて、 見にいきました。

http://eatrip.jp/index.html



あの、あの映画みたいち視聴者としていうけど、  


めちゃめちゃよかったで。  なんというか、想像以上でした。 




冒頭、鶏を小屋から出して料理するところからがつーんと引き込まれる。 あっという間の時間だった。  

 料理って、 現実とライフスタイルのファンタジーやなぁ    料理は、おれは一生しないと思うけど、知っておいてよかった。 



命を食べる、ってこととか、 食べ物を囲む人々が幸せになれるのが食卓だとか、 食べることはだれにとっても自然で一番大切なことやねんなーと思った。



ヤギを捌いている話を聞いてかわいそうとか、 花や木を切ってかわいそうとか、 浅はかな正義感でそんなことを言う人に限って マクドナルドを食うたり寿司を食ってても 牛さん、魚さんかわいそう、っておもわないのにね。 たとえ野菜を食っててもひとつの命をいただいていることには変わりないわけで。 

 よく言われるけど、たしかにいけばなの業界では花や木に対してかわいそうなことをしている奴等はいるけど 、それは例外として、おれは基本的には 人間てのはだれかの命の犠牲によって生きてることには変わりないのだから、あとは木を切って材木にしたり飾ったりするその人間に、きちんとした見識が必要なんやと思う。  食べることはその究極なんかな。



eatripでは 最近はやりの説教じみた映画でもなく、美しい映像のなかにきちんと現実とメッセージがあり、すごくバランスがよかったぜ〜。   友達の作品だから言うわけではなく、本当にマジよかったよ  



このイベントのオオトリは、映画の出演者のUAさんのライブ。 


みな感動してぶるぶる来てたね。 

おれが大好きな”蘇州夜曲”という歌が、UAさんが出したカバー集 に入っているんやけど、それが一発目に聞けてぶるぶるきた。  一番好きな”水色”はもっとぶるぶるきた。 





ライブの最後に即興でできた ”木を植えましょう”をみんなで歌った後(コレもぷち感動)、最後にみなでイーマに記念樹を植ました。 

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はいはーい 記念撮影。
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記念になる木はなににしようかな〜って悩んだけど、その結果 かりんの木にしました。

だれもがみたことのないカリンの実がなるので、またイーマへ見に来てやってください。 カリンの花びらって何色?しらないひとも。



posted by seijun at 22:56| unforgettable flower,  いつまでも

2011年03月19日

今回の東日本大震災についてと 自分の使命



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(写真提供:小豆島ヘルシーランド)







ここ数日も、おれはというと大事な仕事があって木を安全に届けるのに必死だった。 



昭和天皇が小豆島でオリーブの種を蒔いた日として”オリーブの日”と定められた3月15日、 無事に海を渡った樹齢1000年を超える大樹のもと、各関係者が集い神事を行った。

オリーブは平和と繁栄の象徴をされている。 きょうはオリーブが日本で初めて実を結んでからちょうど100年目という年でもある。



小豆島の繁栄を切に願うNPO法人オリーブ文化生活研究所の理事長・柳生好彦さんから、”町おこしのためにオリーブの大樹を”と、依頼を受け、小豆島ヘルシーランドのオリーブの森に植えた。






もちろん町が活気づくように盛大に行われるはずだった植樹祭は、世界中が心を痛めている東日本大震災により、バルーンリリースなどはとりやめになり、被災者へ黙祷を捧げたあと儀式が厳かに執り行われました。





 こんなときにおれは一生懸命花事に打ち込んで不謹慎と思われるかもしれないが、
もちろん いま同じ日本国民が危機にさらされていて、”なにかできることを”という思いはおれの胸にもあるし、だれの胸にもある。


おれもみんなと同じようにじつはここ数日被災者のためにいまなにをすべきか考えていた。


いまできること→  できる限りの募金、節電、そして祈ること。 





しかし必要以上に慎ましくしていることが、必ずしも被災者のためになるわけじゃないのだから、こういうときにこそちゃんと目を開き、あとは自分に与えられた目の前の役割を精一杯やることも重要だと思っている。

 想像しにくいかタイミングかもしれないが、10年後、20年後、30年後の日本を考えたときに、やはり日本を支えていくのはおれたち若者なんだから、この国を滅ぼしたらあかんし、この危機に直面しても踏みとどまっているのではなく、いまやるべきことやって、あとは一生懸命、自分の使命を果たして生きてくことが必要なんやと思う。 



たまたまおれの場合は最近オリーブの大樹を無事に小豆島へ送り届けることが自分の任務であり、いち植物の卸屋として日々の依頼に応えるべく植物を段取りするのが任務であり、おれは毎日遂行しているプロジェクトを成功させ、あとは自分が携わった植物の将来と、植物を納めた場所(人)と、それを調達した場所(人)が繁栄することを願うだけだ。

 
 すこしづつ自分の扱う植物の影響力が大きくなるにつれ、おれもずいぶんといろんなことを考えるようになった。 いまのタイミングでこの花、この木は そこに必要なのか、とか。

 しかし小豆島で、神事の際、宮司さんの言葉お聞きし、自分はやはり自分の役割に精進し、かわらず一生懸命生きていくしかない、と思った。  


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  連日一般の方からもお問い合わせをいただいている”情熱大陸”の放映の件やけど、ディレクターさんから連絡があり、いちおういまのところ20日と聞いています。 しかしこの状況なのでそれはおれにもわかりません。
  局の方の見解としては不適切な内容ではない、と判断していただいていると聞いたけど、正直、”元気いっぱいに植物に走り回るおれがいまの世の中に受け入れられるのだろうか?”と思ったこともある。 
しかしいまはおれもディレクターさんもあとは流れに任せよう、と話しています。 おれはいま必要とされる情報があれば絶対それらを流すべきと思っているし、放映が何年後でもいいと思っているねん。 

けど

”こんな状況だからこそ元気をもらえるはず”、など、たのしみにしていてくれるひとが多くいて、それは素直にうれしく思う。だから見てください。 もしそういう気分でないひとはニュースを見てくれると思う。






 でもね、おれにはいっつつも一生懸命、元気なときも元気でないときも元気なふりして夢中で走り続けていれる信念(理由)があります。

 それは自分の人生に起こる強烈なことも楽しいことも悲しいことも全部生きているからこそであって、一回きりの人生だから思い切り生きて、死ぬ瞬間まで精一杯生きて自分のやるべきことをやりたいと思っているから。 

 命をを扱っている仕事だからということと、己の命を賭けなきゃならない瞬間がある仕事ということ、そして命について考えさせられる機会が多い仕事やから、そう思えるようになった。


だからおれは今日も相変わらず日本で育つヤシのことを考えたり、花を捌いたりしている。それがおれの使命やから。
中学2年生だった阪神大震災のあの朝は、全壊した家にいたおばあちゃんを助けたあとは、各パーティーや結婚式で使われるはずだった開花調整前の桜の枝をトラックから父親が運ぶのを手伝っていた。使命ってそういうもんなんやと思う。

 現在請け負っている仕事も、取りやめになった仕事もそういうタイミングだったわけでそこには意味がある気がしてならない。

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今回はたまたま被災しなかっただけ。 明日は我が身だと思ってる。
偽善はあかん。もし被災者のことを想うなら、いま自分が生きていることに感謝し、もっともっと精一杯生きたらどうだろう。







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おれたちは大きな木を動かすときには幹にベルトをかけてクレーンで吊り上げます。

そのときベルトがきしんで木の皮を傷つけないように毛布で養生するんやけど、  その毛布を見たら、”寒がっている被災者の方々のことが頭によぎり、ふと胸が痛くなった。







 だれでも被災者の方々に対する気持ちは同じだ。おれもそうだし海のむこうから世界中にひとも、”すこしでも良い方向へいくように”と、願っている。

しかし、だからこそ、このタイミングでいまおれはあえて自分を含めた被災しなかった側のことについて考えてみました。 

 いまこうやって生かしてもらっているおれたちは、たまたま被災しなかっただけ。たまたま今日まで生かしていただいているおかげ。 

だからおれは生きているうちは、生きることを怠けずに泣いたり笑ったり働いたり一瞬一瞬一生懸命生きなければならないと普段から心がけようと思う。  





そして
今回被災された方には、心からお見舞いを申し上げたい。


http://www.jrc.or.jp/






posted by seijun at 15:46| unforgettable flower,  いつまでも

2011年03月04日

感謝

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まず今回の桜開花プロジェクトは本当にいろんな人に絶大な協力をいただき非常に感謝している。

今村長寿園の今村さんには、本当に世話になった。 切り集めた桜をストックするために農場をお借ししていただいたり、桜の運搬など搬入当日も朝5時から仲間と好意で助っ人に来てくれた。
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いつも花宇を使っていただいている現地に事務所のある日比谷花壇さんも、やはり好意で朝5時から3名駆けつけてくれて、初めてお会いしたにも関わらず、活けこみや掃除までやっていただいて頭が上がらない。

 そして
このプロジェクトを企画、運営、そして中心になって巨大な桜を活けこんでくれたクリエイティブフラワーコーポレーションの、藤本太郎さんにも乾杯だ。
  おれは花を飾るデザインもできないし、活けこみもできないけど、こういうひとに花宇の花を使ってもらうことにより、ひとつの仕事が成る。今回のプロジェクトでは半年もの間、クリエイティブさんんと阪急5名と花宇でプロジェクトのユニットを組んでやってきたわけだけれども、いろいろあったけど、最後に花開いて本当にたのしかった。

こうした方々とのコラボによりひとつの仕事が成る。大変うれしくおもいます。 



孤独とプレッシャーでメシが咽に通らん時期もあったけど、いまはすこしだけホッとしてラーメン食いまくっています。




昨日今日とたくさんの報道の方々が来られ、初日はただ桜が飾ってある、というだけでしたが、昨日の生放送をを見て、すぐ桜に会いにきてくれたひとがすごく多くてびっくりしている。 やはり、花を飾るときにはちゃんとそのストーリーを伝えることでこんなにちがうのか、影響があるのか、と正直驚いています。  




 今日の生放送後も、たくさんの方にきていただき、こんなに人と握手したことないなぁと思いながら、たくさんの方と桜の話に花が咲いて尽きることがありませんでした。

みんな九州の花っていうとこにすごく喜んでくれていました。


なによりたくさんの、 ”ありがとう” という言葉と、”おつかれさま”という言葉、

そして何人か、”桜見て涙した”という言葉がうれしかった。 




みなさん、こんなことを企画してくれた阪急さんとクリエイティブさんのおかげですね



 

桜に関していえば、それがどれだけカリスマ的な存在か、いまさらおれが言うまでもないと思う。いままでたくさんの人がいい本を出したり、名言を残したり、深く研究したりしてきただろうから。

 おれができることといえば、必死に桜にしがみついて枝を集めてきて、それをだれかのために咲かせてあげることぐらいだ。
 もともと呼吸が停止した状態でこの世に生まれてきた分際なので、花宇の花を待ってくれているひとがいる限り、せめておれは一生それをやっていきたいと思う。



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posted by seijun at 19:26| unforgettable flower,  いつまでも

2010年12月15日

香港での、オマケ

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香港にはkevin というタヒチ人のマブダチがいてて、仕事が終わったあと”香港にいてる”と電話したら、真っ先にホテルに飛んで会いにきてくれた。 再会してから2分後にはもう10年前に一緒に学校に通っていたころと同じような会話。 

植物に出会ったからおれの人生は劇的変化をし、いまでは99%誰かと出会うきっかけは植物が縁、というわけやけど、kevinは、植物と出会う前のおれを知っている存在。 

 いまやから言えるけど、おれから植物を取ったら、おれにはなにも残らなくてきっとたくさんのひとがおれの前から去ると思う。こうやって毎日たくさんの人と出会えるのはおれの力じゃなくて植物の力やって認めざるを得ない。だからその分、植物の魅力ってすごいと毎日感じてる。 植物と生きるって、すんごいリアルでさ! 毎日その力を見せ付けられるし自分の小ささも感じさせてくれるし、ほんまにおれには植物がなかったらいまの人生はないなって思う。マジで。笑  だからこそおれはこの天職に対してモチベーションが下がることは無いし一生まじめにこの仕事に打ち込めるという自信があるねんけどね。

自分が植物をやってるからこそ、出会えたひとや、会いにきてくれる人とは、その出会いに感謝できるしそれなりにいつも自信を持って話をしたりできるけど、それを知らないひとと出会うと自分に自信がないから自分からは決してアプローチしない性質があるのが自分でわかるもん。最近”ブログ見てます”、って声をかけてもらえることが多くなったけど、それでうれしくなっちゃうのは多分おれと植物をセットとして見てくれている証拠やから安心して心が開けれるんやろな。

っていうか、もう植物と出会う前のおれの人生どうやって人と接して生きてきたか忘れてもうた!





そんなことを考えてたら、kevinみたいな旧友は植物なるなし関わらずずっと友達やなぁ、ってふと思ったら、不思議な気分になっちゃった!  ありがたい、というか、いまどき珍しいなオマエ。。。みたいな   笑 


  
 





とにもかくにも植物様さま、いつもお世話になっています☆






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あ 海の横で男前にも出会ったので記念撮影
posted by seijun at 01:10| unforgettable flower,  いつまでも

2010年11月11日

おじいちゃんの言葉





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今日は、今週末に広島で小原流の難波先生と小原宏貴五世家元が行ういけばなデモンストレーションの花材を用意。


インド鶏頭も寒くなってきて、盛りを超えたが、ぎりぎりなんとか使えるものを100本。  

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紅枝垂れ紅葉。



そしてコレ。
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レッカーで水を飲んでもらう。


実は先週、難波先生から電話があった。

”アナタ、ちょっと確認するけど、あの松は神社のものではないですね? ”

”あ はい もちろんです!”

”よかった。 もし神社のものなら、お互いの身によくないですからね。 昔、山口県でデモンストレーションをしたときに 地元の人に、ある神社の藤づるを使ってほしいと言われたことがあったんです。でも、お寺の木は切ってもよいけど、神社のものは手をつけてはいけないと、アナタのおじいちゃんが教えてくれたの。そのときは三世豊雲家元もおられて、なにかあってはいけないからと、それから私たちは一度も神社の木を切らないようにしてきたのよ” 

 と話してくれた。


”でもアナタね、あれだけの松だから、ちゃんと塩でお祓いをしてから切りなさいね。”

”了解しました!” 

と返事しながらも、ふと思い出した。

一年前、この八房五葉松を育てていた九州の植木屋のオヤジさんが ”もうこういう松を庭に植えてくれる人がいないからなんとかしてほしい”ということで、お願いされて買ったものということを。 おれは木を切ったり消費したりすることは必ずしも自然の摂理に反するとは思わないし、広い意味でかわいそうとは思わない。 理由は植木屋のオヤジが一番知っている通りだ。

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”それからアナタ、舞台のリハーサルは手伝いに来なさいよ” と最後にちゃんと付け加えていただいた。 お世話になっている先生の鶴の一声で、数ヶ月ぶりの終日休みのはずだった今週土曜日は、紅葉もみじと芭蕉をもって広島へ走ります。
posted by seijun at 23:39| unforgettable flower,  いつまでも

2010年10月23日

planeta

最近よく、 ”花を活けないのですか?” とか、

      ”デザインしないのですか?”

      ”なにか、ここに花や木を飾ってほしい”と言われる。



でも絶対 おれは花を活けようと思わない。 


  答えは、 "planeta " (プラネッタ) というサイトのなかにあります。

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 野球をやっている少年が、どのポジションを守っていても心の奥底で実は”ピッチャー”になることに憧れているように 、花で生きているすべての仕事人(つまり生産者、卸屋、流通業者など)も、 本当は 花を活けたり、デザインしたり、それを使ってなにかを創り出す立場というのに本当は憧れているような気がする。 おれもかつてはその一人やったと思う。”美しい花や木を 美しく自分で見せれたら”と憧れたことが少なからずあったと思う。 

でもいま自分が そうしないと思えるのは、 おれがいくら花や木を使って作品などを作り出したとしても、日本で1番になれないのがわかったから。いやいや1番どころか1000番にもなれないだろう。 人間どんなに努力しても才覚がなければ絶対第一線にすらなれないものだし、おれは少なくともこの花業界で世の中に通用するピッチャーにはなれないとわかった。






でもだからこそ、それと同時に日本一(ぶっ飛んだ?)の植物の卸屋になることを決意した。

そうなってからかなぁ、おれは自分自身が美的センスがないことややクリエイティブじゃないことに対しても素直に認めれるようになったと思う。 





来週、29日にplaneta というサイトをオープンさせます。

これは花宇が卸した植物や花や草木を使って活躍するひとたちが手掛けた作品などが、いけばな、フラワーデザイン、ランドスケープ、空間装飾、その他のアート作品などカテゴリ別に検索し、見れるサイトです。 また季節や植物名でも検索できるサイトです。 

 花宇ユーザーのひとは自分の作品を自分のタイミングで自由に投稿することができます。


 これから少しずつ作品を投稿してもらえるようにおれも努力していくけど、 もし花宇ユーザーのプロのひとたちが本気の作品を寄せてくれ始めたら、とてもじゃないけどおれなんて話にならないくらい クリエイティブな花仕事をみれると思う。 
 
 花宇のホームページを作ろうとずっと頭をひねってきたんやけど、結局伝えたかったのはなにかというと、
    花宇が過去に1万種類以上の植物を世に出荷した、取り扱う花材の種類の豊富さと 、
    花宇が誇るべきお客さんの仕事

 に行き着いた。

 ということで、 いつもオセワになっているみなさま、過去の作品でも、これからでも、もし花宇の植物を仕入れてなにかを創った際には、ぜひplanetaに投稿してみてほしい。 作品の一部にほんのちょっとでも花宇の植物があればそれでOKです。また第三者が投稿してもOkです。
というか意義あるサイトを作っていくうえで協力していただけるとありがたい。


代理店や業者さんを通して仕入れをしているかたは、その業者さんと相談して、取り扱い業者さんの名前をクレジットしたり、写真を撮ったフォトグラファーの名前をクレジットしたりできます。 
もちろん、過去の作品でもかまいません!


まず簡単なアカウントを作るために下記のアドレスにアクセスし、必要事項をご記入いただき送信
>> して、
>>
>> http://hanau.me/contact
>>
>> そうするとパスワードをメールにて返信されるので、トップメニューの
>> ”Login”をクリックし、メールアドレスとお送りしたパスワ
>> ードを入力しログインしてください。
>>
>> 投稿方法は、ページ内”管理・投稿の説明”を見てください。
>>>>
>>   もしなにかあれば、planeta web site 管理者 服部真樹さんへ問い合わせてみてください。
>> mail:planeta.hpp@gmail.com







野球では、なんといってもピッチャーが試合の鍵をにぎっているように、世の中の本質もまた、そういうポジションにいてる人が正当に評価され、いいピッチャーは結果をのこし尊敬される存在になるべきやと思っている。それが本質やし、きっと花業界も同じやと思います。





   コレ、サイト内にあるplanetaの趣旨です→ http://hanau.me/about

草木でもって成る人の縁は無限の可能性があると思います。少しでも多くのひとにプロの花仕事を見てほしいと思っているし、これが自分の好きな花人や華道家やアーティストやデザイナーと出会えるような場所いなれば!と思っています。 


>> ひとの心を打つ仕事というのはそれが記憶にのこり、ひとの意
>> 識を変え、やがて世の中を変えていくと思います。
>> ビジュアルがものを言うこの時代、それを記録として保存して
>> いくことは意義があると信じています。


協力してや〜
posted by seijun at 00:31| unforgettable flower,  いつまでも

2010年08月18日

念ずれば花開く

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このヒマワリを、いろんな角度から撮ってみた。

360度、どこも正面になっている。




花宇の世界初の石化ヒマワリ栽培は成功した。

 
 植物を細胞組織レベルで品種改良することが可能になったこの時代に、あえて原始的に


 いろんなところへ出向き、まだ見ぬ花や植物を追い求め、見つけて自分たちのペースで育てるというこのスタイルでずっとこれからも勝負したいと思っている


 幻と言われる、白花の極楽鳥花を探しに熱帯へ行ったときも同じ気持ちやった。 本当にそれを手に入れて実際に自分で育てて花を咲かせるまで期待を不安が入り混じる。 ヨーロッパから、オリーブの巨木を船で日本に持ってきて本当に根付かせれるか、芽が吹いてくるまで不安だった。

    結局白花の極楽鳥花は幻のままだ。 

 でも、オリーブを日本で受け取って、キラキラした芽が吹いてきたときは感動だった。


 プラントハンティングという仕事いつでもすったもんだがあって、うまくいくときも落ち込むときもあるねん。 でも念じて念じてそれが花開いたら、サイコー って叫びたくなる時あるよ。

 今日、このヒマワリが咲いてたのを見つけたときは

 ”よっしゃー

って、ひとりで畑でガッツポーズ。笑





 
 とりあえず、今年このヒマワリを育てる挑戦をしたときに、
”期待してる!”と言ってくれた方々、


 本当にありがとう!
と言いたいです。


 また、”たぶん失敗すると思う”とか、”そんなに簡単にいくもんじゃない”と言ってくれた方々、

 ザマーミロ!
と言いたいです。

 花の奇跡を信じないひとは見てもしょうがないブログです。




 あとついでに、蜜蜂さんたちには、

 甘い香りがするよ〜
と、言いたいです。

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今日のは、畑で一番最初に咲いた一番花やし、まだ花の中の種が大きくなりきってないから、これから咲く花はもうすこし大きいと思う。この花のいいところは、主役になれること。意味わかるでしょう。主役になれる花やねん。
 

っていうか、これに洒落たリボンでも付けたら一本でブーケになるね。笑 花が一本で丸いから。とにかくドライフラワーになったら、もっとカッコいいと思う。 もちろんパテントをとって花宇オリジナルの花にするで。


 





そこで、ちょっと募集します。 このひまわりの名前です。

いい名前が思い浮かんだら、ご意見ご感想のアドレスにメールください。 採用させてもらったら、かわいいお礼させていただきます。いちおう学名として正式に登録される名前の募集です。



あ、そや、 あともうひとつ、募集事項があります。 

 この秋に立ち上げる新しいサイトのために、花宇やこの仕事に関する素朴な疑問や質問を、8月末まで受け付けます。しょうむないことでもいいのでなにか質問のある方はメールください。
 なお、100%返事が来るわけでもないので面倒くさい方はスルーしてください。 質問や疑問は新しいサイトでアップされる可能性があります。 


posted by seijun at 00:30| unforgettable flower,  いつまでも

2010年07月25日

あのオヤジさんに贈る花






 ”父親が亡くなった” と、福岡へ向かう途中、大事な親友からの電話。

 
 葬式があるから、どうしてもおれに花を送ってほしい、という頼みやった。 



福岡に向かうなかで、夢中で頭をフル回転させて、時間がない中でどうやって彼と彼のオヤジさんの為に自分の”コレだ”と思う花を贈ることができるやろう?と考えた

”こんなときおれが彼の望む花を届けれないと男じゃない!”なんて思って夢中で頭をフル回転させた。 彼はオーストラリアで出会って以来ずっと心を通わせている友達。

 花宇から植物を飛行機で飛ばして高知空港で受けとってそのまま持っていくことにした


とりあえず福岡で無事荷物を下ろし、打ち合わせを終えたあと、
迷うことなく九州で予定していたプラントハンティングやアポを急遽キャンセルして、レッカー車を飛ばしてそのまま高知へむかった。


下関を渡り瀬戸大橋を超えて四国へ。 途中睡魔に襲われたりして、9時間かかったけど深夜に高知へ入り、仮眠をとって、朝5時50分に高知空港が営業を始めると同時に花宇から飛ばした植物たちを引き取り、お葬式会場へ急いだ。
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翌日のお葬式に飾ったあとはそのまま庭に植えれるような木がほしいということやった


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助手席には 福岡から高知へむかう途中で手に入れた、 芙蓉、桃色花のリョウブ、合歓の木、姫リンゴの木。



 間に合った。 
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たくさんのひとが集まっていた。みんな花を喜んでくれた。すごくあたたかいひとたちがオヤジさんの周りを囲んでいた。 あそこでのことはいま思い出しても うるってくるよ。  




 花宇からは白花の百日紅、槿、そしてユッカ ロストラータを用意した。 実はこのロストラータはでかすぎて高知行きの飛行機のコンテナーには積めない、と断られたんやけど、航空会社と粘り強く交渉して直接飛行機に積んでもらう、という裏技でなんとかできた。 ロストラータのでかいのにこだわったのは、一本気な高知のいごっそうというイメージのオヤジさんと、太くまっすぐ天に伸びているロストラータの風貌が重なったから。もの言わずまっすぐなところが似ている。またオヤジさんの年齢と同じくらいの木を用意したかったという思いもある。

 オヤジさんの冥福を心から祈る    





posted by seijun at 21:16| unforgettable flower,  いつまでも

2010年07月07日

ご縁





銀閣寺の裏の 研修道場、 ついに足場がとれてその姿がお目見え。
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興奮した

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今年は冷夏?のせいか蓮の花が遅く、代わりに今回用意した花材は 段竹、沙羅双樹(夏椿)、黄金板屋楓 、そして自然風の紫陽花。

毎月一週目の日曜日はおれにとって大事な時間。忙々こまごま仕事をしているおれにとってちゃんと花に向き合えているか息を整えてすごす時間。 黄金板屋楓を活けたのは初めてでなんだか好きになった。 
 みんなも蓮がない分この季節の初めて出会う花材に右往左往しながらまっすぐ花に向き合った。みんなが段竹を活けるのをみて、なかなかいいもんやなとふと思った。あれだけ段竹を細く作るのは暑い時期に地味な作業が必要で、一工夫必要だがこれからもがんばろう思った

そういえばある月夜の晩に自分の山で、今回のお稽古に使う紫陽花の枝を選んでいるときにふと思い出してひとり幸福感に包まれていた。

 パリでのことを思い出したから。


あの強烈な日々から少し経ち、ちょっとづつ伝えたいことがまとまったので話したいと思う。
でもその前に実は

   パリから帰国した武者小路千家 若宗匠 千宗屋 さん が銀閣寺 花務花方 佐野珠寶さんに 送られた メールがおれの手元にもあるので 抜粋して ここで紹介させていただきたい。 


佐野 珠寶さま



この度は慈照寺国際交流プログラム

「茶花香」においては数々お引き回し

いただき、また細かいサポートを頂き

ましたこと心より厚くお礼申しあげます。




特に最初のブルカンブレスが僧院での茶の湯で、

献茶式という「仏祖に供える」という原点に

立ち返るものであり、しかも献花とともにある

ということがまさしく現代に蘇った

室町書院の荘厳のようでありました。

或いは13世紀の中国から禅が伝わった

当時の僧院での茶・花のありようを偲ばせてくれました。



続くギメ美術館ので小間の茶の湯は、次の時代桃山の

侘び茶の象徴であり、市中の山居での心の平安を

得るものでした。



そして最後のアルベールカーンは郊外の離宮での

遊興としての茶。貴族的趣味の中茶屋で茶の湯、

庭を楽しみ移動して管弦に立て花。

まさしく後水尾院や八条院宮が

桂や御所、或いは鳳林承章が金閣の池

で行った17世紀京都の堂上公家の室町リバイバル

としての遊興の再現のようでした。



(ということは、想像する東山山荘での

茶花香の遊びもああいう雰囲気だったでしょうか。

ただあの解放感は室町というよりやはり17世紀

的であったように思います。)



というわけで、今回の1週間は、ブルー→ギメ→カーン

で 室町(鎌倉)→桃山→江戸 と茶花の歴史を振り返る

ような時間だったと言えるのです。

しかも、最初の献茶献花が神仏のためになされたもので

あったのに対し、最後のカーンが人のために行われた

こともその流れに見事に重なります。



誰がこの流れを作ったかわかりませんが、

そのことをカーンの温室での立て花を見ながら

気がついた僕は、ひとり身ぶるいしていたのです。



これをわれわれになしたのはやはり義政公でしょうか?

どう考えてもあらかじめプログラムされたとしか思えない

必然的な流れだったと思います。

図らずもフランスで初心の方々に教えながら、

実は自分たちがその歴史的な流れを体感する機会を

与えられた学ばされた事実に本当に驚愕しました。




今回珠さんの奮闘ぶりを間近に

拝見し改めてその熱意と、弛まない努力と、

何より花事への愛情に本当に心打たれました。

僕も改めて純粋な気持ちでお茶に向き合い、

楽しみ、精進していかなくてはいけないなと

感じました。





来年もまたご一緒できますこと今から心より楽しみに

しております。(来年のこと既に腹案あります。)



では、御身体だけはくれぐれおいといください。



                隨縁斎 宗屋 九拝




今回 三回目の慈照寺国際交流プログラムにおいてもたくさんのことを学ばせてもらったのだけれど、やはり初年度から参加していても己の知識や器量があがらないと、本当の意味で身にならないことを感じている。 千さんのひとつのメールで、 ”ああ なるほど そうやったんや” といまさらながらに気づくことが多く、 恥ずかしながらあくまで大前提として知っておかなければないない部分をあるということを痛感した。
 
 おれ自身はいままでは単に、この二人が世界的な現場で花を立てるとか、お茶を点てることに興奮しがちだったが 、(それはそれで純粋やったんやけど) 3年目にしてこの慈照寺国際交流プログラムの本当に意義や重みなどを感じるようになった。 
 
 このプログラムのコンセプトというか目的は、この数年でじっくり考えられたわけでもないと今回わかった。 前兆は、2008年の”京都 相国寺・金閣寺・銀閣寺 名宝展in paris ”や 、その年にパリ市と京都市が姉妹都市50周年を迎えたことなどすでに目の当たりしていたがおれ自身も興奮しすぎていて最近まで気が付かなかってん。、 このプログラムはたぶん500年前から仕組まれていたものにまちがいない
 

それに気が付いたのがブルー美術館でのお献花・お献花だった。

  千さんが珠寶さんにあてたメッセージのなかにも ”我々にこれを成し得たのはやはり義政公でしょうか”というくだりがあったが、鳥肌がたった。 おれもまたブルー美術館にて、二人が逸脱した世界で無になって仕事をなしえている姿をみて、おれも うまく言えないけど、 なにか大きなものが二人のためにたくさんの舞台を整えているな、という気がしていた。 

  珠寶先生は花を活ける前には、決して多くは語らず でもちゃんと大事なことをふともらすときがあるねん。 そして最近 花をたてた後に”だれかに手を動かされているような感じやった” と言う。  そんときにいつも ああこの人の花は、 なにか大きなものが彼女の手を借りて動かしているのだなぁと毎度思う。 もちろん横で見ていてそういうときと、そうでないときとあるみたい。今日は人らしい花やな、とか思うときもある。  でも 今日は何か降りてきてるなって思うときもわかる。 何が降りてきてるのかは知らないけど。 あるいは義政公なのかな。

ブルーでのたてはなは、とくにマーガレット夫人が眠るまえで立てた花は、いままで見たたてはなで最も美しいものだった。 


 千さんのメッセージにも見られるようにこのプログラムには偶然があまりにもたくさん偶然が潜んでいて驚いている。 妙音弁天堂にいるシャーマンに おれには義政公の血が流れているといわれたあの日を思い出すがが、このプログラムを近くで見れる機会を天から与えてもらえているのもまた偶然か必然か。  おもしろいなぁ。 でもいちおう、 ”清順できること一生懸命手伝えよ!” ってだれかに言われてる気がする 笑 

時間をやりくりして会期中1週間づつ2度パリへ飛んだが 強烈な日々だった


 
 ところでいち職人として花宇のおれが海外へご一緒させていただいている理由はだたひとつ、花材の心配りなのだけれど、一度目に合流したときにプチパレ美術館の中庭での撮影があった。
現地での時間をやりくりしながら縁のあって手元に入る花材を使っていくのだけれど、そのときは、珠寶さんが花市場で仕入れたアレカヤシの葉を真に使うと言うので、”それはちょっと..と正直思っていた。 別にアレカを軽視しているつもりはないのだけれど、さすがにもう少し格ある花を真にしたほうがいいのではと心配してたら、 珠寶さんが”うん これでいいよ”ってあまりにも迷いなくいうからあっけにとられて”でもね”と言わなかった 
  もしおれがベテランの口うるさい花材屋なら、もしくはもっと自分に自信があったら、あるいは本当に役立つブレーン的な存在だったら”アレカはやめときましょう”と言ってたかもしれない。けど、撮影に入るとそんなおれのひとり心配事をよそに、珠寶さんはひらりと飛び越えて見事な花を立てた。 アレカヤシの葉はおれには羽に見えた  
 いけばなには、その花ができるまでたくさんのバックストーリーがあって、できあがる。 だからおれにとって、アレカの作品はそのときの旅情を思い出すのにちょうどよいです。

結局 いけばなの花材というは、 なんでもいいようでなんでもあかん。 なんでもあかんようでなんでもいい。  やな。  だからおもしろい。


とにかく、これらの花は、12月発売の新春号の婦人画報で18ページに渡ってこのプログラムの特集が組まれているその中で登場するから、ちゃんと見てみてほしい。

 いけばなを見て、”この花、わかるか?”という類の話は、おれ自身すべきかそうでないか、微妙だ。その花をみてなにかが伝われば、その心がわかれば十分だ、と思うときもあれば、それ花をわかるためにはある程度のアレも必要だとも正直思うし。 
 少なくとも珠寶さんの花を見てるひとが一体どれだけの気持ちで見ているのか、何を思っているのかは知らないけど、もっといろんなひとにみてもらいたい、という気持ちもある。
 
 現地のひとに体験してもらう、いけばなワークショップも回を増すごとにすばらしいものになっているのだけれど あるときは、来てくれたひとたちが目を輝かせて珠寶さんに教えてもらっているのに制限時間が来て終了になったときなどは、それを見ていたおれ自身が、自分の至福の時間が邪魔されたぐらいの気分になるありさまだった。どうして美術館のひとに時間もうちょっといいですか?と聞けなかったんだろうと後悔している。

このプログラムに興味をもって見に来たり体験しにくる現地の方をみたら、すぐスイッチが入ってしまうねん。 

 ”すごく気持ちいい世界だから存分にたのしんでいってね”


とにかく、日本のみなさまも、ちょっと考え方を変えてみて、 まずこの活動や二人のことをすごいなー と思ったら、その次に、日本人が大切に守ってきた文化や大事な部分をこの二人が代表して将来へ繋いでくれていると思うと、今度はすごく愛情が沸いてきませんか。おれはひとにはそれぞれ役割があって生まれてきていると信じているねん。 


珠寶先生は、あれだけのパリでのハードスケジュールをこなしたあと、帰国したが時差ぼけどころか、逆にめちゃめちゃ元気になってツルツルで帰ってきた。 きっといろんなエキスを吸収してきたのだろう。おそるべし。 千さんも話すたびにつくづく貴重な男だ、と感じる。 ああこのふたりはどこまでいくのやら。
 

日曜日、大書院なでお稽古したあと、珠寶先生を囲んで、お寺の若いスタッフと打ち上げ&誕生日パーティをしました。最後は一本締めと植松君の怪しい一発芸による全員の失笑で幕を閉じました。
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そうそう最後に、もうひとくだり、千さんのメッセージの一部分を。



こういう機会をもたらされたことは、やはり佐野さんの

絶え間ない努力のおかげであり、そのためにわれわれに

誰かが今一度原点に返るために経験させてくれたのだと

思います。その意味で佐野さんの活動に対して改めて

心から感謝と敬意を捧げたいと思います。


未来は明るいっすね ☆
posted by seijun at 01:25| unforgettable flower,  いつまでも

2010年06月21日

fact

 

”木々や花たちは自然の中でみるのが一番美しいのになぜわざわざそれらを切ってまで、花を活けたりするのか?”
 ということについて。

先週のパリでのある夜、おれのなかで全くなかった非常におもしろい考えを聞いた。


 もともと遠い昔、人が花を活けるようになったのは、神仏に奉げるためがそのはじまりだったとされている。 それ以後、花はいけばなとして人々の生活に取り入れられ、いろんなスタイルが生まれ、西洋の文化も取り入れられ今日まで発展してきた。 

現代では日常のいたるとこでおれたちは花がかざられているのを目にすることができる。

  その夜、千宗屋さんが言ったのは、現代の人の生活いろんなシーンにおいて、花はいつでもどこかで飾られ毎日消費されているのを見ても、花を消費すること自体すでに人間の根源的欲求のひとつになっているのじゃないか、ということ。 

 そんな中で彼が言った結論が、いけばなは、木や花を切って消費するという感覚ではなく、むしろそれらを守る為にあるのかも知れない ということ。 


 
 花そのものが人間の根源的欲求ならば、その生ある花や木と真剣に向かい合い、見つめなおすことにより、どれだけそれらを愛でる精神が養われるか。花人や茶人の花一輪に対するストイックな精神などを思うと、 → なるほど、それわかる。になりませんか。


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だれかが美しい花を活けたとき、必ずだれかがそれを見て感動し新しい扉をあける。 そういうシーンをおれはこの仕事やって以来ずっとみてきた
この珠寶先生が故マーガレット夫人に献花した、たてはなの主な花材は、今回日本から持って言った自然の姿の紫陽花が数本、その日の朝、美術館の庭に咲いていた、マーガレット夫人をイメージして交配された紫のバラが2,3本、地元のひとが持ち寄ってくれたとうもろこしの若芽など。 真には、郊外へ出掛けたときになんとなく気になって拾ってきた松の枯れ木。あとは、先生自身がそのタイミングで集めた添え、下草だ

彼女がどのタイミングから人のために花を活け始めたのかおれはわからない。 けど いつも珠寶先生の花にはひとつの真があって、それらを支えあう仲間たち(添え、下草)が花便のにいる藁のなかで喧嘩することもなく(交差することもなく)水際より上でも平和な世界を作っている。 たくさんの人の気持ちを花に託すこのたてはなのいう非常にプリミティブな花のスタイルは先生の人柄にすごくあっていると思うしきっと天職なんだろう、と改めて思った


 
 たくさんの花人に花材を使っていただいているが、おれはあくまで卸屋だから、実はほとんどの場合花材をハンティングして、トラックに積むまでが仕事なので、実際おれが活けこみの場面に居る機会は少ないんやけど こういうふうに活けこみのシーンまでを手伝うとなると、もうそれはおれにとっては仕事ではなく勉強させてもらってる、という感覚になる
 




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おれがいままでもこれからも、こうやって花や木を探し続けるにも絶対にブレない芯があって、 それはさっきもの話題”なぜわざわざ花や木を切ったりするのか”という問いの回答になるのかもしれないけれど、 それは花や木が大切なことを伝えるメッセージになると思っているから。


 たとえばおれが探し出してきた花や木が、影響力のある人によって世間の目に触れることによって何が伝えれるか、ということに常に考えている。 その花や木を目の前にして人々が感動しなんらかの意識が芽生えることに意味があるんじゃないかな? 
 
おれは花を活けることはできないけれど、時代を担うひとたちに素材を提供する卸屋としてできることもあると思っている。


 そうえいば、森林保護だと言って、知識の浅いひとがおもむろに木を切るのがかわいそうだとか言うの聞くとしのびない。 もし生あるものを人間のエゴで殺すを認めない人がいるんなら、その人は肉を食ったことはないのか?とか、そういう理論のなるわけ。すごい枝ぶりの松を切っていけばなに使うのがかわいそうだという人がいたなら、じゃー草花や植林された木や雑木は切り倒してもかわいそうじゃないの?となるやん。 みんなひとつの命という意味では同じやで。野菜だってそうやで。 

 
  ただ単純に花や木を切ること自体が”かわいそう”というわけではない。 

 それは木を見て山を見ざるの類の話。



  余談やけど、最近では、木を植えるからエコだとか思うひとがいて、その考えもあまり気持ちよくない。 そんなカッコつけなくても、植木や花は、植えたくなったら植えたらいい。木を植えたところでエコにもなんにもなんないやん。 大事なのはそこから芽生える意識やと思う。 花や木を囲んでそれが話しのネタになったりふとリラックスできる空間と時間を持ちたいから、木を植える、と考えるほうがよっぽど自然なような気がするよ。
 この点については、もうすでに早い段階でたくさんの建築家の大先生たちは気づいていると思う。

 たとえば公園をひとつつくるのに10mのケヤキを10本並べて植えて景観をつくるとして、 それはそれできれいな景観ができるし人々の憩いの場になるやろう。 じゃあたとえばおれはその半分の予算で、その代わり樹齢300年の大きなオリーブを3本植えて景観を作るとする。   さてどっちが人の心に届くシーンを作れるか、記憶に残るシーンを作れるか、メッセージを伝えれるか。おれはその場にふさわしい方を常に天秤にかけて考えるわけ。どちらでもいいかもしれない。でも間違いないのは結局大きな木を植えるには大きな重機が要るし石油が要るということ。木を植えること自体はエコでもなんでもないけど、人々が気持ちいい空間に集って憩うというのが重要なわけやん。

 だからおれにとってはいけばなのために一輪の花を届けるのも、巨大な木をこの手で振り回しているのも基本的には同じだ。  なにも変わらない。その場所にふさわしいものを用意するということはどんな植物を探すときも変わらないねん。 ちゃんとメッセージが伝われば。 

 昔は ”おれは花宇やから、とにかくひとが想像できないような木を見つけてやろう、”とか ”とにかく日本一の木を扱いたい、”とか”自分しかできない木をやったる!”的なノリだけで植物を探して提供していた時期もあるけどいまはもうちょっとオトナになったということ。 


  
 忘れてならないのはうちも含めた花き園芸業界で働くすべてのひとたちは環境や自然と真反対のことばかりやっている。 今日び花を育てることも観葉植物も育てることもそれらを流通させることもすべて、油によって成り立っていて、一見エコとは真逆だ。

 でも人は花を見たり消費することが根源欲求ならそれは産業として消えるとはおもわない。生活のシーンでひとの手によって何気に目に触れている花や観葉植物がなくなるなんて想像できないやん。
わざわざ飾られている花や木に感動する理由はいくらでもある。

安心してほしいのは環境問題すったもんだと、いま言ってる話はスケールのバランスのあわない話だから。

 ただしおれたちのような花き園芸関係の業者はさっき話したような人間の根源的欲求のひとつ、花や木を消費することによって生まれるニーズにのっとって、今日もいろんな花や木を生産し、流通させ、商品として提供し、顧客に請求書をぶち込んでいる。
 ただし花き園芸業者はやはりそれでメシを食わせてもらっているんやから、そこのちゃんとした哲学というか芯があって、ちゃんと夢やロマンを伝えないとあかんと思ってるねん。  




 最初の話に戻るけど ”なぜわざわざ花を切ったりするの?” というような疑問をもつひとはありがたい存在。 


そういう言葉を出せるひとがいて始めて、”なぜなら・・・、”というその先の話ができるし、きっと納得してもらえる議論ができるとから。 
 むしろあるていど、感度が高いひとじゃないとそういう疑問すら浮かんでこないじゃないか、と思うけど。


日本で一番変な 花と木の卸屋をやってきて、最近ようやく自分の方向性が見えてきた。見えてきたっていうか、いままでどおりやっていこうって改めて思っただけのことなんやけど

posted by seijun at 23:30| unforgettable flower,  いつまでも

2010年05月31日

旅と植物とその行程

昨日ロンドンのガットウィック空港で、スペインの田舎へ向かう飛行機が遅れたので飛行機が飛ぶまでの間ずっと空港のCD屋さんで時間を潰していた。 

 そしたらちょうど19〜20歳のころよく聞いたdavid grayのベストアルバムと、eelsの持ってないCDを発見、安かったので思わず買ってしまった。

そして無事飛行機が飛び立ち、スペイン南部につくとレンタカーに乗り換えて旅路にでた。

ここ最近のおれのヘビーローテーションは、

 john butler       grand national (テンションあげるとき)
 Natalia Lafourcade      hu hu hu  (気分がよいとき)
Jeb loy nichols    easy now  (気楽にいきたいとき)
UA       ハルトライブ。(極上なとき)


 
 レンタカー屋に地図がなくて今回は地図を持たずに走っているので最初のうちはまず迷子にならんように気をつけていたけれど何時間も走ってるとなんだかそのうち愉快になってきた。(毎度のことやけど)



この道の先におれが求める木があんのかなぁ〜 って思うと、ちょっと期待が膨らみます。


 といっても、おれは別に探検家とか旅人ではないので、日本人が行ったことのない地とか、すごい景色に出会えるような場所などに特別興味があるわけではなくて、とにかくおれが興味があるのはその地でしか見れない植物のみ!やけど。  

そうそう。おれが花宇で職人として修行をし始めて最初の5年は日本の山を登りまくってたんやけど、そのころオヤジにもらったアドバイスがあるねん。
 ”自然の山で見つけた品物は、風景のせいでどうしてもよくみえすぎてしまうんや。だから冷静にその木が現場で活けてどう見えるかを判断せなあかん” 

なるほどな〜っていまでも思ってて。 

 いまでもこうやって日本中世界中を回ってると、やっぱその行程の途中にいろんなことが起きる。いい人に出会ったり、美しい景色に感銘したり、だれかに助けられたり。リスクもそう。肉体的リスク、精神的リスク、金銭的リスク。。。 だから、そういうことを乗り越えて植物を見つけるその行程のなかで自分自身をロマンチックにしてまうねん。 そうすると、その先で見つけた素材に対して自分が必要以上の価値を見出してしまう可能性があるから、これを一番気をつけている。
   
 その植物の価値はそれを見つける行程でどれだけ苦労があったとしても、その労力と価値は比例しない。 

コレ絶対。



そういうことをおれなりに考えたうえで、輸送コストを含め現実的に卸値がつけれそうな素材だけを世界中から集めて花宇に並べているだけということ。(いま品薄で焦ってるけど 笑)


だからこのブログは別に素材探しの行程の苦労話や自慢話をするために書いているものではなくて(もしそう思ったひとがいたならそれはその人の心の問題やと思う笑)、その素材の出生や背景をちゃんと伝えたいから書いている。ちゃんと。誤解されんのも嫌やし自分の言葉で伝えたいから書いている。

 最近、おれの全人生まるまる植物探すことになりそうなやなぁとふと思って、そんな人生やったら、とりあえずやっぱ




今日は朝4時に目が覚めてヒマなので波を音を聞きながら書いています。めっちゃ静かやわー。 ちょっとだけ、夜が明けてきた!


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昨夜海辺で食ったローカルのエビが死ぬほどうまかった!ビールをあおる様に飲んでベッドにぶっ倒れた。といっても2杯やけど。

posted by seijun at 12:50| unforgettable flower,  いつまでも