2011年09月19日

思うところ

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盛岡市内で行われた 希望の花いわてさんが呼びかけたのフォーラムです。   
 http://www.kibounohana311.org/

 代表の吉川さんからの依頼で、ボランティアとして講演を行ってきました。 


とにかく 植物にできること、植物のプロにしかできないこと、そのパワーと可能性について話すだけです。 

 ところで今回のステージ上にはアットホームなアレンジが置いてあって、おもわず講演の最初に”うれしいです”と言うと、そのアレンジに主に使われている りんどうが、岩手県ではさかんに生産されている産地と教えてもらった。 

 おれが愛してやまない地元・川西市の 市の花も りんどうで、 おもわず親近感が湧き、講演にもチカラが入りました。 

 実は最近は講演の依頼も多いけど、一日講演が入ると、汗のかく量が減ってしまうことに少し悩んでいた。 ほら、おれはプロのしゃべり屋さんではないから。
  もちろん日々 注文だいいちの毎日を過ごしているが、  今回 岩手県にいって、あったかい人たちに迎えていれてもらってちゃんと話を聞いてもらったりすると、 若いうちはだれかが必要としてくれているなら、内容に賛同できる話ならタイミングがあえば 、できる範囲でがんばって時間を作って講演の依頼応えていく生き方もアリかもと思いました。 
 

 翌日は、陸前高田へ、被災地で次々に花畑を作っている吉田正子さんの、”花畑プロジェクト”を訪ねていきました。 
 
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吉田正子さんもまた被災者やけど、津波がすべてを流してしまったその自分の土地の跡地に、花畑をつくって、

なんというか、心に響く花畑でした。



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花畑には 支援物資で送られてきたであろう石鹸箱の蓋の裏に書かれた吉田さんからのお手紙がありました。


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もう、ひまわりは終わりそうやったけど、

”花畑ってこんなにきれいやったっけ” と思えるくらいやった。



おれは死ぬほど植物が好きやけど、

 30歳になって、ようやく 本当の意味での花畑のよさがわかったような気がした。



一方で、むこうには悪魔のような津波の爪あとが残り、いまは重機が撤去作業に追われてる。
 なんか本当に物事はシンプルではない。 



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今回で4度目の被災地訪問は、 銀閣寺花方の珠寶先生と行った。 今年もパリと香港が、来年も中近東など様々な国で 平和のための活動で海外を回る予定があり、今後もずっと世界中を回って花を活け続けると思う。

 たぶん世界中の人が東日本を心配してるだろうし、聞かれるだろう。 彼女の花はたくさんの人を幸せにし、大切なものを伝えてきたが、 この被災地での経験もまた、たくさんの人になにかを伝えるものになると思った。
 
チャラい意味でだれもかれもが被災地へ興味本位で行くのもどうかと思っているが、実際に被災地へ赴きそこで目で見た光景や経験したことが未来へ役立つ人は行ってみてほしいと思う。

     ちなみにおれも先生も阪神淡路大震災を経験した。 



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そんななかでずっと会いたかった木にとうとう会いにいった。  

そう、一本松。 


あれほどの津波にも流されなかった、 日本の根性魂を象徴するような見事な松。 




マダガスカル南部でサイザル畑に一本立っている、まるでフランス人開拓者の権力に立ち向かうように立っているバオバブをみたとき以上の衝撃やったような。
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その松が生きているのかどうか知らなかったが、塩水により立ち枯れしているのをみてすごく無念。

塩水をぬく手当てなどがなされていたが、その処置方法も、方法は悪くないけど、その木の大きさから推測される根の大きさを考えると少し見当違いの処置方法とわかったが、それでもだれかが必死で生かそうとしていたのだな、と思うとうれしい気分になりました。 
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いずれにせよ、海に近いところやったので枯れる運命やったのかもしれない。 しかしそれなら、その立ち枯れしている松が、倒れてしまわないように保存すべきやと思っている。

 いろんな意味で、あれだけのものは世界を見渡してもそんなにない。 
 あれが折れたら心も折れる。枯れたままでもいいから、津波に負けなかった東北の人たちのシンボルとしてこの先もずっと立っていてほしい。

 松というのは枯れると、古い幹や枝の芯の部分は強いが、芯がない枝先などは枯れると割とはやく腐って落ちる。




 多少の金が要るが、原型を留めながら保存する方法もある。まあだれかか、行政がすでになにか考えてるかもしれないけど。。。  ちゃんとした方法で。。。 そう願う。


生かすことはできなかっても、でも、活かすことはできる。


とにかく正直に言うと、

この国でだれよりも大きな木を扱った自分なのに、 植物に対してだれにも負けない度胸とそれなりの知識があるのに、すげえいいアイデアもあるのに、

 目の前にある、世界遺産ような重みがあるその木を いまの自分が救えないなんて、

 あの一本松をみて正直、

”おれってなんでこんなに小さいのだろう” って。


 情けなくって。

posted by seijun at 23:38| unforgettable flower,  いつまでも