2011年03月19日

今回の東日本大震災についてと 自分の使命



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(写真提供:小豆島ヘルシーランド)







ここ数日も、おれはというと大事な仕事があって木を安全に届けるのに必死だった。 



昭和天皇が小豆島でオリーブの種を蒔いた日として”オリーブの日”と定められた3月15日、 無事に海を渡った樹齢1000年を超える大樹のもと、各関係者が集い神事を行った。

オリーブは平和と繁栄の象徴をされている。 きょうはオリーブが日本で初めて実を結んでからちょうど100年目という年でもある。



小豆島の繁栄を切に願うNPO法人オリーブ文化生活研究所の理事長・柳生好彦さんから、”町おこしのためにオリーブの大樹を”と、依頼を受け、小豆島ヘルシーランドのオリーブの森に植えた。






もちろん町が活気づくように盛大に行われるはずだった植樹祭は、世界中が心を痛めている東日本大震災により、バルーンリリースなどはとりやめになり、被災者へ黙祷を捧げたあと儀式が厳かに執り行われました。





 こんなときにおれは一生懸命花事に打ち込んで不謹慎と思われるかもしれないが、
もちろん いま同じ日本国民が危機にさらされていて、”なにかできることを”という思いはおれの胸にもあるし、だれの胸にもある。


おれもみんなと同じようにじつはここ数日被災者のためにいまなにをすべきか考えていた。


いまできること→  できる限りの募金、節電、そして祈ること。 





しかし必要以上に慎ましくしていることが、必ずしも被災者のためになるわけじゃないのだから、こういうときにこそちゃんと目を開き、あとは自分に与えられた目の前の役割を精一杯やることも重要だと思っている。

 想像しにくいかタイミングかもしれないが、10年後、20年後、30年後の日本を考えたときに、やはり日本を支えていくのはおれたち若者なんだから、この国を滅ぼしたらあかんし、この危機に直面しても踏みとどまっているのではなく、いまやるべきことやって、あとは一生懸命、自分の使命を果たして生きてくことが必要なんやと思う。 



たまたまおれの場合は最近オリーブの大樹を無事に小豆島へ送り届けることが自分の任務であり、いち植物の卸屋として日々の依頼に応えるべく植物を段取りするのが任務であり、おれは毎日遂行しているプロジェクトを成功させ、あとは自分が携わった植物の将来と、植物を納めた場所(人)と、それを調達した場所(人)が繁栄することを願うだけだ。

 
 すこしづつ自分の扱う植物の影響力が大きくなるにつれ、おれもずいぶんといろんなことを考えるようになった。 いまのタイミングでこの花、この木は そこに必要なのか、とか。

 しかし小豆島で、神事の際、宮司さんの言葉お聞きし、自分はやはり自分の役割に精進し、かわらず一生懸命生きていくしかない、と思った。  


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  連日一般の方からもお問い合わせをいただいている”情熱大陸”の放映の件やけど、ディレクターさんから連絡があり、いちおういまのところ20日と聞いています。 しかしこの状況なのでそれはおれにもわかりません。
  局の方の見解としては不適切な内容ではない、と判断していただいていると聞いたけど、正直、”元気いっぱいに植物に走り回るおれがいまの世の中に受け入れられるのだろうか?”と思ったこともある。 
しかしいまはおれもディレクターさんもあとは流れに任せよう、と話しています。 おれはいま必要とされる情報があれば絶対それらを流すべきと思っているし、放映が何年後でもいいと思っているねん。 

けど

”こんな状況だからこそ元気をもらえるはず”、など、たのしみにしていてくれるひとが多くいて、それは素直にうれしく思う。だから見てください。 もしそういう気分でないひとはニュースを見てくれると思う。






 でもね、おれにはいっつつも一生懸命、元気なときも元気でないときも元気なふりして夢中で走り続けていれる信念(理由)があります。

 それは自分の人生に起こる強烈なことも楽しいことも悲しいことも全部生きているからこそであって、一回きりの人生だから思い切り生きて、死ぬ瞬間まで精一杯生きて自分のやるべきことをやりたいと思っているから。 

 命をを扱っている仕事だからということと、己の命を賭けなきゃならない瞬間がある仕事ということ、そして命について考えさせられる機会が多い仕事やから、そう思えるようになった。


だからおれは今日も相変わらず日本で育つヤシのことを考えたり、花を捌いたりしている。それがおれの使命やから。
中学2年生だった阪神大震災のあの朝は、全壊した家にいたおばあちゃんを助けたあとは、各パーティーや結婚式で使われるはずだった開花調整前の桜の枝をトラックから父親が運ぶのを手伝っていた。使命ってそういうもんなんやと思う。

 現在請け負っている仕事も、取りやめになった仕事もそういうタイミングだったわけでそこには意味がある気がしてならない。

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今回はたまたま被災しなかっただけ。 明日は我が身だと思ってる。
偽善はあかん。もし被災者のことを想うなら、いま自分が生きていることに感謝し、もっともっと精一杯生きたらどうだろう。







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おれたちは大きな木を動かすときには幹にベルトをかけてクレーンで吊り上げます。

そのときベルトがきしんで木の皮を傷つけないように毛布で養生するんやけど、  その毛布を見たら、”寒がっている被災者の方々のことが頭によぎり、ふと胸が痛くなった。







 だれでも被災者の方々に対する気持ちは同じだ。おれもそうだし海のむこうから世界中にひとも、”すこしでも良い方向へいくように”と、願っている。

しかし、だからこそ、このタイミングでいまおれはあえて自分を含めた被災しなかった側のことについて考えてみました。 

 いまこうやって生かしてもらっているおれたちは、たまたま被災しなかっただけ。たまたま今日まで生かしていただいているおかげ。 

だからおれは生きているうちは、生きることを怠けずに泣いたり笑ったり働いたり一瞬一瞬一生懸命生きなければならないと普段から心がけようと思う。  





そして
今回被災された方には、心からお見舞いを申し上げたい。


http://www.jrc.or.jp/






posted by seijun at 15:46| unforgettable flower,  いつまでも